竹を割ったような性格で

昔個別指導のアルバイトをしていたことがある。

入りたてのころ,3つ上の先輩から引き継ぎ書を渡されて担当を持たされることになった。先輩は大学生にもかかわらずとても前髪が後退していた。こんなにスカスカになっちゃうなんて,もしかしてとんでもなく過酷な仕事なんじゃないかと不安になった。今になって考えるとタバコの吸いすぎだった(なんせ自分は今でもフサフサだからね!)。

引継書によると担当することになる生徒は中学1年生の男の子でテニス部,趣味は将棋らしい。そして所見のところにこう書かれていた。

「竹を割ったような性格です。」

よくわからない。なんせ割れた竹を見たことがない。竹ぽっくりなら乗ったことはあるが,あれはどっちかというと切った竹だろう。

 

初回の授業になった。

思い切って聞いてみた。

「〇〇君,竹を割ったことはあるかい?」

するとしばらく沈黙があった後,その子はこう答えた

「…ないです。」

「…竹って割れるんですか。」

確かに彼の言う通りだと思った。なんせ割れた竹を見たことがないからな。ただ指導者として一番やってはいけないことは答えを曖昧にすることだと言われていたからこう答えることにした。

「まあ多分まさかり的なので叩き割るんだろうな。」

「…なんですかまさかりって。」

確かに彼の言う通りだと思った。なんせまさかりなんて見たことがないからな。

それから彼にまさかりは金太郎の専用装備であること,でもその金太郎の戦闘スタイルは基本的に相撲だからそのまさかりが使用されることはあまりないことなどを教えてあげた。すべて数学の授業中のお話である。

 

授業が終わってから教室に置かれていた小学館の国語辞典で「竹を割ったような」を調べた。すると,

「気性のさっぱりしているさま。」などと出てきた(もちろんもう個別指導は引退しているのでこのブログを書いてる時点では辞書なんて引くはずもなく今パソコンで調べて書いている)。

確かに竹を割ったことがあるかという質問に対して正面からないですと答えてくれてるわけだから素直ってことなんだろうな。

いやいや,さっぱりした性格なら「何聞いてるんですか!」って言ってくれ。今日の授業は一次関数のグラフの書き方なんだよ。

 

世の中の書類には「やった感」があふれている。とりあえず仕事をしたという証としてマジックワードを掘りこんで提出する。あの先輩も引き継ぎ書をマジックでとっとと仕上げてたばこを吸いに行ったに違いない。

確かに一見するとちゃんと書かれているように感じるが,結局役に立たないので困るなと思った。品行方正だナイーヴだの書かれてもつまるところどういうことかというのはよくわからないのだ。

 

自分がバイトを辞めるころには,彼は成り行きでテニス部の部長になっていたし,学区で2番目の高校に行きたいなどと不遜なことも言うようになっていた。そんな彼には大学生のやるテニスはテニスではないことや進学するなら男子校は辞めたほうが良いといったいかにも大学生らしい話をたくさんしてあげた。もちろん二次関数のグラフも書けるようになってもらった。高校受験を前にして辞めるなんて無責任だなとも思ったが,自分も院試を控えている。手を抜いた指導になるよりは彼のためだろう。心の余裕がなければテニサーだ共学だのと話してられないからな。

引継書にはあれやこれや書いた気がするが,忘れた。若い子は知らない間にとんでもなく成長するから今の一点だけを切り取った所見なんてどうだっていいのだ。そういう意味では竹に似ているのかもしれないなと思った。